「塩百姓」(獅子文六)

戦後の日本社会を予言したかのような恐るべき作品

「塩百姓」(獅子文六)
(「日本文学100年の名作第4巻」)
 新潮文庫

終戦まもなくの頃、
ある海沿いの貧しい村で、
とりわけ貧しい百姓・太兵衛が
自家製塩を始める。
塩は飛ぶように売れ、
太兵衛は大儲けする。
やがて他の村人たちも
それに追随し、村は
ゴールド・ラッシュのような
賑わいを見せ始める…。

何の産業もない貧農部落。
その中で最貧困の太兵衛が
持ち前の商才を生かして製塩を始める。
これは敗戦で焼け野原になった日本と、
そこから雨後の竹の子のように出始めた
新しい産業を興した日本人たちを
意味しているのでしょう。
ここまでは当時の日本の有様を
そのまま描いたものですが、
それ以降の内容は
戦後の日本社会の歩みを描写した
寓話のように思えます。

それまでの数倍の現金収入を得た
太兵衛を真似て、他の村人たちも
こぞって製塩業を始めます。
なぜ塩が売れたのか?
周辺の村々が
塩不足にあえいでいたからです。
まるで1948年の朝鮮戦争勃発により、
軍需物資の不足を補うように
発展した産業がもたらした
空前の好景気を
なぞらえたかのようです。

他の村人たちはその富を
湯水のように使うことに
酔いしれている間、
太兵衛はそれをせっせと貯蓄し、
さらに蓄えを増やそうと
寝食を忘れて塩づくりに没頭します。
豊かになるための
手段だった塩づくりは、
太兵衛にとってはすでに
目的と化しているのです。
これは会社のために
私生活までも犠牲にする、
何のために働いているのかわからない
日本のサラリーマンの姿です。
60~70年代には
「モーレツ社員」なる言葉で賞賛され、
80~90年代には
「24時間戦えますか」と鼓舞された
日本の企業戦士を連想させます。

そうした無理がたたって、
太兵衛は肺炎にかかり、
僅か数日で命を落とします。
これは現代の過労死を想起させます。

さて、本作品が書かれたのはいつか?
実は戦後間もない1947年発表です。
獅子文六はその段階で、
翌年から始まる朝鮮戦争後の好景気、
それに続く高度経済成長の負の側面、
さらにはその延長線上にある
平成・令和の過労死問題まで、
本作品に、寓話的に
盛り込んでいるのです(作者自身は
意図していなかったにせよ)。
まるで戦後の日本社会を
予言したかのような、恐るべき作品です。

物語はさらに続きます。
太兵衛の遺産を受け継いだ妻は、
塩づくりを引き継ぐものの、
すぐに他の男と懇ろになります。
これは今後の日本社会の
何を予告しているのか?
不安を掻き立てられる結末です。

(2020.9.17)

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